「共感」が社会を動かす
発想と行動を変える時

誰も経験したことのない社会の変化が起きている。変化のキーワードは「共感」。個人は自らの活動範囲を広げ、他者とつながることで幸せを感じる。
人々から共感を得た企業がより多くの価値を生む。個人と企業はビジネスに取り組む姿勢を見直さざるを得ない。「共感が社会を動かす時代」を読み解き、発想と行動の指針を探る。

AI(人工知能)に代表されるデジタルテクノロジーによって社会はどう変わるのか。既存の社会を延長しても未来は見えてこない。そこで我々は様々な分野 の識者と意見交換を通じて、変化の方向性を感じ取ろうとしてきた。

関係そのものに価値を見いだす人々

既に起きている変化の一つは「関係」を重視する動きである。同じ職業や趣味あるいは特定の関心事を持つ人々が集まるコミュニティー活動が耳目を集めており、社会において一定の存在感を示している。こうしたコミュニティーは「ウィーク・タイ(緩やかなつながり)」と呼ばれる。従来の工業社会を保証してきたのは、企業における人間関係や企業同士のバリューチェーンという「ストロング・タイ(強いつながり)」だった。 

 

産業革命は工業化と都市化、貨幣経済、国民国家の成立を促した。企業や軍隊といったストロング・タイを形成する一方、個人の活動単位は村における共同体から大家族、核家族と小さくなってきた。だがここへきて個人はコミュニティーというウィーク・タイを自ら求めて行動し、個人同士の関係に価値や意義を見いだしている。コミュニティーでの活動は「モノを所有し、所得を増やせば幸せになれる」という従来の資本主義の価値観と一致しない。

強まる「ホリスティック」な視点

もう一つの変化は、個人や企業において、社会や環境の持続性、最適化を重視する「ホリスティック(全体的)」な見方が広がっていることだ。

 

例えば世界銀行は2017年、SDGs(持続可能な開発目標)に沿う企業活動を支援する銀行債を発行した。SDGsは国連が示した社会活動群を指し、ジェンダーの平等、保健の増進、持続可能なインフラの整備などを含む。

 

産業界においても事業とCSR(企業の社会的責任)を一体として捉える企業が増えている。企業活動を社会課題に向けることで企業自体の生産性や価値が高まるとする「CSV(共有価値の創造)」の考え方が浸透しつつある。

 

これらの変化に沿うかのように、組織やビジネスの在り方、テクノロジーの形態は分散ネットワーク型に移行している。Uber( ウーバー)やAirbnb(エアビーアンドビー)、フリーマーケットのメルカリといったCtoC(個人間取引)を促すプラットフォームサービスの台頭はその一例と言える。ビットコインを支えるブロックチェーンや、デバイスに近いところでデータを処理するエッジ・コンピューティングも分散型だ。

 

こうしたサービスやテクノロジーのコストは利用者から見ると劇的に下がる。文明評論家のジェレミー・リフキン氏が予見した、モノやサービスにかかるコストが限りなくゼロに近づく「限界費用ゼロ社会」になりつつある。雇用を生みにくくなり所得格差を広げかねない半面、様々なモノやサービスが低コストで手に入るので所得に価値を置かず、コミュニティーやホリスティックな視点を重視する個人を増やすことにつながる。社会の価値構造が大きく転換するだろう。

 

価値構造の転換を先取りするように、「ユーダイモニア(天命主義)」を掲げて活動する起業家が登場している。彼らは「何をしたいのか」という自らの達成目標をホリスティックな視点で定めている。

真善美の追求、五感の繊細さ。
日本人の特性が生きる。

「共感資本主義」の萌芽

一連の変化から「共感」というキーワードが浮かび上がる。ホリスティックな視点は他者への共感に基づく。関係を強固にし、分散ネットワークを機能させるには他者からの共感を得る必要がある。

 

共感はそれ自体が新たな価値を生み出す“資本”になり得る。共感を得た個人や企業、それらが生み出す商品やサービスは多くの顧客を引きつける。時代は、他者から得られる共感が原動力となる「共感資本主義」のフェーズに入りつつある。

 

資本主義を唱えたアダム・スミス(1723~90年)は市場の論理を説くとともに、『道徳感情論』において「人は他者に共感する能力を持つ」と記していた。それから約300年の間に産業革命と資本主義、デジタル革命とグローバル化を経験した人類は、ここにきて再び「共感する能力が市場を動かす」ことに気づきつつある。

五感の繊細さや真善美の感覚が重要

共感の時代に従来のやり方は必ずしも通用しない。今後の企業は、所有欲や消費欲を刺激するだけではモノやサービスを売れないし、論理や効率性だけでは足りない。人々の感性に訴えるものが必要だ。

 

ここで日本人の感性が生きてくる。日本には真善美の追求や五感の繊細さを活かした活動を積み重ねてきた歴史がある。『サピエンス全史』の著者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏は物理・化学・生物法則以外 はすべて人間がつくり出した虚構だと主張する。ならば、我々は共感の時代に合った社会の仕組みや事業をつくり出せばよい。日本人だからこそ提供できる価値は何か、経営者もビジネスパーソンも問い続け、共感を前提にした 「MTP(Massive Transformative Purpose=野心的な変革目標)」を立て、行動していこう。

 

経営者もビジネスパーソンも、目指すは「アグリゲーター」だ。新たなサー ビスと事業モデルを設計し、実現に向けて必要な能力を自在に世の中から取り込める人財を指す。ロジックだけではなく五感を駆使し、組み合わせで価値を創り出すのは、「人間」にしかできない活動である。

 

『2018世界はこうなる(日経BP社発行、英The Economistが発行するThe World in 2018の日本版)』より転載