AI 時代の経営 – 経営チームの Superhuman 化

AIは「料理人の包丁」 問われるのは使いこなす人の資質

三菱重工業株式会社

理事 技術戦略推進室長 博士(工学) 池田和史 氏
理事 技術戦略推進室 ビジネスインテリジェンス&イノベーション部 部長 浅野昌道 氏
技術戦略推進室 技術企画部 主幹部員 村上慎佑 氏

AIの急速な進化とともに、「経営チームのAI活用」の巧拙が注目されている。しかし三菱重工業で技術戦略推進室をリードする池田氏、浅野氏、村上氏が語ったのは、AIそのものの話ではなく、「AIと組む人間がどうあるべきか」という一段深いテーマだった。シグマクシスとの対話は、道具論から人材論、組織のルールのあり方へと展開していく。

1. 技術力よりも取り組み続けられる熱意

――AIが急速に浸透する今、現場のリーダーはどのように向き合うべきでしょうか。

池田氏:AIを一言で表すと、当たり前ですが「道具」です。そして何においても、道具の良し悪しではなく、それを使う人間の腕で勝負は決まる。研究所にいた頃、後輩によく話していた例え話があります。「私には素晴らしい包丁がある」と胸を張るシェフがいたらどう思うか。本当の勝負はそこじゃない。料理の勝負は、包丁ではなく使う腕、そして「そもそもどんな料理を創りたいか」で決まるはずです。最後の詰めは道具ではなく人にあるからです。

研究所でも、同じことを感じていました。設計ツールや解析ツールといった「道具」を生み出す場所でもある研究所では、「このツールは従来品に比べてここが優れている」という比較ばかりで、それを使う事業部門がどの土俵でどう戦うかという視点が抜け落ちがちでした。そこで私は「ここに閉じこもって道具ばかりを磨いていないで、使う人間とタッグを組み学び合え」と言い続けてきました。

デジタルやAIの時代となった今もリーダーたちに伝えることは同じです。「デジタルもAIも道具だと。専門組織だけで完結せず、意識的に他部門と机を並べて議論し、我々ならではの道具の使い方で何を実現できるのか」それが大事だと考えています。

――料理ができる人材、つまりデジタル・AIをリードする人たちを、どんな観点で集めてきたのですか。

池田氏:「熱意」です。ちなみに先日も、ある機関から「大学や教授との共同研究先を選ぶとき、最初の視点は何か」と聞かれました。世の中で語られそうなキーワードは色々あるのでしょうが、そのときは、私は「お人柄」と答えました。

そもそも技術とは何かと問われれば、「客観的な事実」と「論理的な根拠」、それに基づく「再現性のある方法論」です。そうした技術を軸に、三菱重工では事業活動を行っていますが、同時に新しい技術を生み出す挑戦も続けてきました。新しい挑戦においては、事実も根拠もありません。よって、それは技術的な仕事というより、極端に言えば「賭け」に近いもの。失敗は当たり前なのです。失敗をヒントに、技術につながる要素を積み上げ、また少しの賭けを重ねる。この繰り返しで新たな技術が生み出されていくのだと考えています。こうなると、従来の技術よりもマインド、取り組み続けられる熱意が重要になってきます。デジタルやAIを扱う新しい挑戦でも、同じことが言えると考えています。
 

――ベースの技術力は見ながらも、その先で賭けに出られるかどうか。熱意や人柄、やり切る力といった不確定要素を、人ならではの視点で見ているということですね。

池田氏:挑戦である以上、外れを引くこともあります。肝心なのは、そこで諦めずに次へつなげられるかどうか。そもそも外れる確率のほうが高いのですから、出てきた結果を無駄にせず、何かを得る機会だと考えたほうが良い。場合によっては目的や狙いを読み替えて結果を生かしても良いと思います。ちょっと失敗すると言い訳とか、原因分析とか、そういうことではない。目の前の取り組みに対して腹をくくることができ、後ろを振り返るよりは前を見て一歩でも先に進む、そうした姿勢や熱意を、総じて「人柄」と表現しています。
 

2. 組織の制度を問い直し、挑戦の余地を広げる

――そうした熱意をもったメンバーで、どんなことに取り組みたいとお考えですか。

池田氏:
良くも悪くも、私たちの会社はこれまで体質も仕組みも古く、ルールも多かった。「わが社はこうあらなければならない」と、自分自身に「魔法の呪文」をかけ、自ら壁をつくってきた状態でした。もちろん、それが会社を守っていた面はありますが、一方で、自分たちの行動を制限し、その壁を越えた先は「ルール違反」であり、外側へ出ていけない状態を作ってきたのだと思います。

しかし、今の社会環境、そして今の会社の雰囲気、今のメンバーであれば、きちんと皆で対話をして合意形成を図りながら、壁の位置そのものを思い切って外側に動かしていく議論ができるのではないかと感じています。ひょっとすると日本の中には「自らに呪文をかけている会社」はまだ多いのではないか、とも思います。そんな世の中を変えていくきっかけを作るチャンスが今ある。その動きの中で、AIをちょっとした「包丁」程度に使いこなしていく、そんな形が良いと思っています。

浅野氏:私は、AIとのコラボレーションで、イノベーションをどんどん生み出していけるのではと考えています。これまでの発想は人間が可能な範囲に絞られていましたが、AIという壁打ち相手が現れたことで、視点の広がりが生まれています。私たちの部門では、まず自分で考えることと、AIというツールを使いながら考えることの両立を大事にしており、それができる環境を整えつつあります。

そうなると、AIを使いこなせる人材の育成は避けて通れません。問う力や課題設定能力を磨くことに加え、活動拠点もこれまでとは変えていくべきだとも思います。本社の視点と現場の視点の両方によって、経営に貢献できるアイデアが生まれる。3年程度のサイクルで活発に人が循環すると、発想もさらに広がっていくはずです。早期に人を育てるためにも、今、まさに取り組んでいるように組織でAIをフル活用できる仕組みを作っていきたいと考えています。

村上氏:私も個人としてAIとの関わり方が大きく変わってきました。AIが賢くなる分だけ、自分もそれを使いこなせるようにレベルアップしたいという感覚があり、公私ともに毎日AIに触れています。些細なことであっても思いついたことを試してはノートアプリに記録していて、ライフログ的に継続しています。今朝も筋トレの内容をAIに伝えたところ、「1週間前と同じセットに比べて心拍数が下がっているので、筋肉がついてきた証拠ですね」と返してくれて、朝から気分よく過ごせました(笑)。これを5年続けたら何が起きるのだろうと考えると、とてもワクワクします。

このワクワクを会社の仲間にも味わってほしいのですが、そこにはハードルもあります。事業の特性上、情報管理やセキュリティの壁もあったりする。そうした壁を一つひとつ壊したり、ずらしたりすることは、人とAIとの関わり方を広げ、仕事やキャリアにおける可能性も広げていくことだと思っています。

外からの圧力としては、AIやデジタルを起点にした企業がハードウェアの領域に入り込んでこようとしています。けれど、多様なハードウェアや多様なアセットを持っている我々だからこそ、そんな動きもレバレッジとして変革につなげて自分たちの変化のドライバーとして読み替えていくタイミングだと思っています。

――お話をうかがっていて、ある意味で、ジャズセッションのようなマネジメントをされていると感じました。一人ひとりが家庭でも仕事場でも進化しながら、ライフログを蓄積していくような動き方は、最終的には「全体で蓄積し共有できる組織知」をどう作るかという話につながっていきます。それを組織に持ち込むとき、一番のハードルは組織の固さだと思うのですが、池田さんは壁を広げてスペースを作り、人材が動ける範囲を広げているわけですね。これは、私たちがよく言う「自律型経営」に近い発想ですが、このタイミングで壁を広げようと思われたのは、どのような直感からだったのでしょうか。

池田氏:「壁」に対する問題意識は若い頃からずっと感じてきました。新しいことはいつも「壁の外」にあるという感覚でした。デジタルやAIにより社会が少しずつ変わり、会社の雰囲気も変わってきましたので、今がチャンスだと思ったわけです。実際、30年間、書き換わっていなかった社内標準を、最近思い切って書き換えてみました。

――事業成長や好業績が注目されますが、その裏で、仕組みや組織を変える「静かな変革」も進めていらっしゃるわけですね。

池田氏:はい。今までのルールを前提にしないやり方に踏み出しました。ただ、書類上でルールブックを書き換えても、体に染みついたものはすぐには変わりません。浸透には時間がかかるかもしれませんが、前を向いて進んでいきたいですね。

3. 不可欠性とスピード ― AI時代の独自ポジション

――AI時代に独自のポジションを築くという点については、どう見ていますか。

池田氏:「これ、お前じゃないとダメだ」という不可欠性を、強く持ちたいと考えています。競合の中で優位に立つという発想にとどまらず、「自分たちしかいない」という不可欠な領域を広げていく。技術というのはあくまでその種であって、役に立つように磨き続けなければなりません。内製化し、自分たちの腕として蓄積していく。そうした経験値というアセットも積み重ね、世界を相手にした時の不可欠性として鍛えなくては、私たちの価値は続いていかないと思います。

浅野氏:不可欠性がまずあって、その上でスピードが重要になってきます。社会から求められるニーズも複雑化しているので、社外との連携によってお互いの不可欠性を高め合いながら、一緒に課題を解決していく。そうした融合を進めていく必要があると思っています。

村上氏:AIは、私たちのコアを映し出す鏡のようなものだと捉えています。AI自体は賢くても、私たちのドメインナレッジまでは持っていません。だからこそ、それ以外の領域はAIを使って高速かつ幅広く処理しつつ、その先に何が自分たちのコアとして残るのかを見極める。言い換えれば、「AIには何ができないのか」を炙り出すエクササイズとして、AIを使っているとも言えます。AIに任せる部分と任せてはいけない部分の境界線がはっきりしていくことで、自分たちにしかできない不可欠性がより際立っていく。そのためのツールとしてAIを使えることが理想です。新聞などで「AIを全社導入して年間XX万時間削減しました」という見出しを見ることがありますが、その削減した時間で何をしたのかが語られていなければ、意味がありません。何を実現したいのかが先になければ、AIの活用は成立しないと思っています。

4.「全体最適」と「領域拡大」で成長

――経営方針として掲げる「ITO(Innovative Total Optimization)」のもと、どのように変革を進めていらっしゃるのでしょうか。

池田氏:まず、「全体最適」と「領域拡大」を通じてグループの継続的な成長を実現する経営方針「ITO(Innovative Total Optimization)」を変革の看板として掲げたことで、社内の多くの人がすっと理解し動き始めてくれたという実感があります。難しい専門用語は使わず、ものづくりの現場がこう変わっていく、という語り方を心がけています。ITOはあくまで手段であり、ビフォーアフターの変化を示す矢印の名前に過ぎません。だからこそ、変化した先の姿、料理で言えば出来上がりの姿を語るようにしています。「こんな美味しそうな料理ができる、欲しいでしょう。それを可能にするにはITOなんです」という順番ですね。

浅野氏:私たちの部署では「領域拡大」と称して活動しています。これまで縦割りが強かった組織の中で、それぞれが担当領域を広げる意識を持ってもらうことですね。「これは他の部門でもやったら面白いのではないか」という横串を通す動きを続けています。それが少しずつ形になり、文化にもなりつつある実感があります。

村上氏:私は昨年、海外赴任から戻ってこのチームに参画したのですが、その際に「肩書きで仕事をするな」と言われました。肩書きという枠の中にとどまらず自分の看板で勝負することで、結果さえ出せればルールや手段は問わない、という世界に変わってきているように感じています。個人としてはとても楽しいですし、風土改革・意識改革として、これを社内の皆にも伝えていきたいと思っています。

――本質的な組織や人がどう変わっていくかという部分に帰着する、素晴らしいお話をありがとうございました。

人を資産に、技術を推進力に / シグマクシス

 

ガスタービンをはじめとした代替の効かない技術とアセットを持つ、不可欠性の高い三菱重工業の皆様ならではの、AIを冷静に捉える俯瞰力と、人と組織の本質へのこだわりが伝わるインタビューでした。技術の可能性を見極めながら、実現したいことと手段を切り分けて論点を設定する姿勢には、経営者や事業リーダーのシェルパとして現場に立つ私たちにとっても、大きな示唆がありました。また、ロジカルでありながら物事を明るく面白がる姿勢、一方でリスクを取ってでもやり切ろうとする胆力には、日本の製造業が本来持つ底力を伺いました。

シグマクシスは創立来18年間、イノベーションの裏側にある人と組織のあり方に向き合い、その変革を支援してきました。人を資産として捉え、技術をドライバーに進化させていこうという三菱重工様のお考えに、重なり合うものを感じています。自社の強みを力に、人と組織を変え続けるダイナミズムを併せ持つ。そうした企業が一社でも多く生まれる未来創りに、シグマクシスはこれからも貢献していきます。