AI 時代の経営 – 経営チームの Superhuman 化

問いを立て、組織の進化を設計する経営者へ

日本たばこ産業株式会社 執行役員 大瀧裕樹 氏

PROFILE

1998年、日本たばこ産業株式会社に入社。2013年よりコーポレートR&Dおよびベンチャー・ビルディングを担う組織「D-LAB」の設立を主導し、JTグループの新たな成長可能性を探索している。慶應義塾大学法学部卒業、米国大学院経営学修士(MBA)修了。

1. なぜいま、経営者こそAIに向き合うのか

――経営者のAI活用が叫ばれています。どのように向き合うべきでしょうか。

「AIが普及しているから、経営者も使うべき」という問いの立て方は、順序が逆だと思っています。時代が変わったからこそ、マネジメントのあり方が変わる。その変化に対してAIが直接効いてくる——そう認識しています。

AIについては効率性ばかり話題になっていますが、能力が上がることと、組織が良くなることは必ずしもイコールではありません。組織としてAIを扱うのであれば、AIによって個人の既存知の処理・整理・比較・試作が高速化するだけでなく、人間と組織の全体をどう設計するかという統合的な視点、つまりOS設計論が必要なのです。OSとは、制度だけではなく、人間のありかた・関係性・制度を束ねて、意思決定と行動を規定する基盤です。

「AIが普及しているから使う」という順番ではなく、まずマネジメントや組織のあり方自体が変わってきていて、その中でAIがどこにどう効いてくるのかを見ていく、そんな捉え方になるのではないかと思っています。
 

AIについては効率化が話題になりがちですが、AIによって個人の処理能力が上がることと、組織として良くなることがそのまま一致するとは限りません。むしろ、個人最適が進むほど組織として歪みが出てくる場面もあります。組織としてAIを扱うのであれば、AIによって個人の既存知の処理・整理・比較・試作が高速化していくことに加えて、人間と組織の全体をどう設計していくかという視点が見えてくるのではないかと感じています。いわばOS設計論です。OSとは、制度だけではなく、人間のありかた・関係性・制度を束ねて、意思決定と行動を規定する基盤です。例えば、AIの提案をどの程度参照するのか、異なる意見をどう扱うのか、評価や報酬をどう見ていくのかといった具体の設計も含まれます。



――OS設計では、具体的には何を見ていくのでしょうか。
 

4つの視点で見ていきます。

第一に、個人の内面です。主体性や、自ら疑う力、意味づけ、倫理といった領域で、AIの使い方によって人の思考や認知のあり方がどう変わっていくのかを見ていきます。

第二に、個人の外面です。スキルや行動の領域で、AIによって処理やアウトプットの速度が上がる中で、人の能力の使い方がどのように変わっていくのかを捉えます。

第三に、集団の内面です。信頼や対話、文化といった関係性の領域で、AIの導入によって組織内の関係やコミュニケーションの質がどう変化していくのかを見ていきます。

第四に、集団の外面です。役割や権限、意思決定プロセス、評価制度といった構造の領域で、AIを前提にしたときに判断や責任の持ち方がどう変わっていくのかを捉えます。

これらは別々の視点ですが、相互に影響しながら組織全体に現れてきます。

2. AI時代の経営者の価値とは

――AI活用により、経営者には何が残るのでしょうか。

「何が残るか」というと、AIに取られなかったものを数える発想になりがちです。私が関心を持っているのはそこではなく、「AIがあることで、結果的に経営者の役割がより本質的なところに近づいていくのではないか」という問いです。

 

――具体的には経営者にはどんな役割がありますか。
 

第一に、問いを立てること(何を重要とみなすかを決めること)。AIは与えられた問いに対して高精度に答えを出しますが、「何を問うか」を定め、その問いに責任を持つのは、現時点では人間の役割です。問い次第で引き出されるものは大きく変わります。

第二に、意味を与えること(自社の文脈でどう解釈するか)。AIが出した分析・数字・提案に意味を与えるのは人間の仕事です。情報処理はAIが担う。解釈と文脈は人間の領域です。

また、経営や組織は複雑系であり、AIで正解を出すという発想自体に限界があります。AIが担えるのは、兆候をつなげ、見えない状態を推定し、仮説を高速に試すことです。つまり、試行錯誤の回転数を上げる役割に近いのではないかと思います。最終的に何を選ぶかは、人間が判断として引き受ける場面が残るのだと思います。

第三に、賭ける方向を決めること(不確実な中で意思決定すること)。AIは確率や過去のパターンを教えてくれますが、「それでも賭ける」という決断は人間が引き受けなければなりません。AIは過去の延長を整理することはできても、どの未来を選ぶのかまでは決められないのだと思います。

第四に、「Point of no return(不帰点)」——一度下したら戻れない不可逆な判断を引き受けること。大きな投資をする、事業を畳む、組織を根本から変える。AIはシナリオを提示できますが、「それでも行く」という責任を担うのは経営者にしかできません。

 

つまり、経営者がAI時代に問われるのは「能力」よりも「在り方」に近いと思っています。何ができるかよりも、何者であるか。AIがスキルの多くを代替していくほど、残るのはその人の「内面の質」です。「正解を出す人」から「問いを立てる人」へ。「組織を管理する人」から「進化の条件を設計する人」へ。この転換が、最大の経営テーマだと思っています。

 

―― 一方で、同じAIを使えば、企業間での差がなくなる、という「均質化」の懸念があります。これらのリスクを踏まえると企業戦略も大きく変わりそうです。


AI固有の話ではなく、同じ軸で最適化すると同じ答えに収束するということです。AIによってその速度が劇的に上がっていきます。ただ、効率化競争に入ると、行き着く先は決まっています。だからこそ、何を重視して意思決定するのか、その考え方自体が差になってくるのではないかという感覚があります。AIは「正解に早くたどり着く力」は均質化するが、「何を正解とみなすか」は均質化しない。ツールの選択ではなく、やはり問いの立て方が戦略になる時代に入っています。

 

同じツール、同じデータを持っていても、そこから何を問い、どう動くか。その固有の問いが戦略の核になります。AIが均質化するのは「外面」であり、「内面」——組織固有の文化・関係性・意味の解釈——は均質化しない。変化に応じた攻めは、組織の内面からしか生まれません。経営チームがその設計に関わることは、現場の効率化とは少し性質の異なる経営の役割だと思っています。

 

こうした点を考えると、AIが得意とする領域と、人が向き合い続ける領域の両方をどう扱うのかという視点も、今後ますます重要になってくるのではないかと感じています。

3. AI活用による、人財の内面変革

――JT様では、今後どのようにAI活用を進めていきたいかを、お聞かせください。

 

現在はまだ探索・試行のフェーズではありますが、方向性としては「既存業務の圧倒的な効率化」と、「業務プロセスの抜本的な再定義による独自の価値創造」という2つのアプローチを、両輪として進めていくイメージを持っています。


現実的なアプローチとしては、まず業務の効率化や自動化といった「守りのAI」から着手することになりますが、それはあくまで出発点に過ぎません。テクノロジーによって生まれた余力を投じて、私たちのビジネスにおける価値の源泉はどこにあるのかを徹底的に問うて、見つめ直す。そして、何をAIに標準化させ、どこに人間が深く時間をかけるべきなのか。この「業務の再設計」こそが、これからの本質的なAI活用だと考えています。


つまり、AIを導入して終わりではなく、AIとの協働を通じて社員一人ひとりのマインドセットや行動様式をどう変容させていくか。「内面の変革」こそが、本質的な挑戦なのだと思います。
 

――JT様は、企業文化なのかコミュニケーション、組織でも「問う力」を大事にしている印象があります。

 

おっしゃる通り、私たちには「先々における自分たちのあり方」を常に内省し、問い続ける文化が深く根付いています。私たちは、環境の変化に受動的にアジャストする「変化対応」にとどまるのではなく、未来を創り出していく「変化創出」の主体でありたい。その原動力となるのが、社員一人ひとりが持ち続けている「問い」です。

 

だからこそAI時代においては、単に答えを検索するスキルやスピードだけではなく、「問いそのものの質を向上させていくこと」が不可欠でしょう。実行フェーズの多くをAIが担うようになればなるほど、人間に求められるのは、その前提そのものを疑い、独自の問いを立てる力にシフトしていくからです。

 

同時に、私たちが大事にすべきは、組織に意図的な「余白」を持たせることだと思っています。その余白があるからこそ、AIという道具を手にしたときに、毎回違う質の高い問いが生まれてくる。個人の内面変革を起こすことが、JTの未来の可能性を拡げていく、と信じています。
 

4.「Superhuman in the Loop」

――AIと経営者の共創

――シグマクシスが提唱する「Superhuman in the Loop(SHIL)」は、経営チームを対象に「人間固有の10能力」と「AI活用の10能力」を組み合わせ、変革リーダーを進化させながらAI活用を実践するプログラムです。大瀧さんはこれをどう見ましたか。

注目したのは「Superhuman in the Loop」というフレーミングです。「Human in the Loop」だと人間が補助的な位置に収まってしまう。Superhumanというのは、AIとの共創を通じて人間の側が進化していくという発想に共感しました。Superhumanという言葉は能力の話に見えますが、実際には責任を引き受ける主体としてどう進化するかという問いだと思いました。

 

また、時代の変化を踏まえた問題の設定が本質的だと感じました。多くのAI活用は現場の効率化やAI人材育成に向かいがちですが、SHILは対象を経営チームに置いている点が大きいと思いました。事業や変革に責任を持つリーダーを起点にしているので、単なる活用スキルにとどまらず、意思決定や変化の進め方にも関わってくるように見えました。

 

一方で、現場の方がむしろ先にAIを使いこなしていくような側面もあるのではないかと感じています。その意味で、AI活用はトップダウンで浸透させるというよりも、現場から自然に広がっていく面も強いのかもしれません。だからこそ、その前提がばらばらのまま進んでしまわないように、どのような考え方で使うのか、どこで人が判断を引き受けるのかを揃えていくことが重要になってくるのではないかと思いました。

 

その上で、成果を一過性で終わらせず持続的なものにしていこうとすると、AI活用そのものに加えて、意思決定や責任の持ち方といった組織の設計にどこまで踏み込むのかという論点も自然と出てくるのではないかと感じました。

アーキテクチャーの上に価値を載せる / シグマクシス

 

これまでの組織は、人間だけが価値を生み出す前提で設計されていました。しかしAI時代には、ヒトとAIが同列のリソースになり、組織、人事、事業のありかたすべてが既存の設計では成果を十分に生み出せません。「アーキテクチャーの上に価値を載せる」というのは、この基盤設計を先に変えるという発想です。

私たちが重視しているのは「確実性」の問題です。生成AIの強みは自然言語の柔軟さ、つまり「ゆらぎ」による能力拡張(Augmentation)ですが、経営判断には決定論による確実性が必要な局面がある。このバランスをどう設計できるかが、経営の現場でのAI実装を本物にします。コンサルタントとしての仮説思考と技術的な実装力を組み合わせて初めて、AIが経営の道具になると考えています。

そして、私たちの根本的な立場は「人を育てることが主眼であり、AIが使えるようになるのはその結果だ」ということです。ツールを押し込むのではなく、各社の内側からAIを扱う能力を育て、内製化していくことを重視しています。